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静岡地方裁判所富士支部 昭和39年(ワ)98号 判決

被告 協和銀行

理由

一、請求原因第一ないし第三項の事実は当事者間に争いがない。

《証拠》を綜合すると本件債権差押並に転付命令には

1  債権者 原告

2  債務者 訴外渡辺嘉明、補助参加人

3  第三債務者 訴外株式会社駿河銀行、被告

4  請求債権 債権者が債務者らに対し有する吉原簡易裁判所昭和三〇年(イ)第三〇号物件引渡請求和解事件の執行力ある和解調書正本に基づく昭和三二年三月一日より昭和三五年三月末迄一カ月金二〇万円の割合による賃料並に賃料相当損害金債権金七四〇万円

5  差押うべき債権 債務者らが第三債務者らに対して有する預金債権及び積立金債権、その他債務者らが第三債務者らに対し有する一切の債権の内前記請求債権にみつるまでの金額

と記載されていることが認められる。その文言からみると右命令は債務者らが第三債務者らに対してそれぞれ有する債権を一括し転付債権額が右請求債権額金七四〇万を超過しない範囲でこれを差押えかつこれを転付する趣旨と解することできる。(債権差押並びに転付命令は債権者と第三債務者間に直接債権債務関係の存することを予定するものではないから民法四二七条によつて第三債務者毎に差押うべき債権額および転付債権額を分割されるとすることはできない。)

原告は、右命令は同一の請求債権を原因として債務者らと第三債務者ら間の四組の債権関係ごとに同時にそれぞれ請求債権金七四〇円全額の限度で重複して差押えかつこれを転付すべきことを命じた趣旨であつて、執行の結果たまたま実際に転付された転付債権の合計額が請求債権額を超過する結果を生じたとしても、右転付命令は無効となることはなく、超過した部分について不当利得の問題を生ずるに過ぎない旨主張する。しかし、転付命令は差押えた金銭債権を本来の支払に代えてその券面額で無条件に差押債権者に移転することを命ずるものであるから転付債権が存在しないことがままあるとはいえ当初からこれを予定して同一請求債権に基づいて同時に複数の債務者又は第三債務者に対し重複して数個の転付命令を発することは、命令自体においては請求債権額を超えて転付を命ずることとなり強制執行の目的を逸脱するもので許されない(執行の結果転付債権額が請求債権額を上廻らなければよいという性質のものではない)。また転付命令とは異なり超過差押を許す債権差押命令も民事訴訟法五六四条二項の適用上超過差押は債権一口の限度で許されそれ以上の口数の債権の超過差押は許されないところである。このように考えると執行裁判所が右法理に反してまでも原告主張のような趣旨の債権差押並びに転付命令を発したものとは解し難いところであり、右命令の記載自体からもそのように解すべき根拠はない。

二、そこで、被告の転付命令無効の主張について判断をすすめる。

金銭債権の差押命令は、第三債務者に対し債務者に支払をすることを禁じ、また債務者に対しその債権の処分殊に取立をしてはならないことを命ずる効力を生ずるものであり(民事訴訟法五九八条)転付命令は差押えた金銭債権を本来の支払にかえてその券面額で無条件に差押債権者に移転することを命じるものである(同法六〇一条)から、差押ならびに転付命令には、右命令自体から債務者および第三債務者において差押債権(転付債権)が第三債務者に対する他の債権と区別して判断できる程度に、その種類と数額とが明示されなければならない(同法五九六条)。このことはそれぞれ複数の債務者らと第三債務者らに対し併合して債権差押並びに転付命令を発する場合にも同様であつて、この場合債務者らと第三債務者ら間の各債権関係ごとに差押債権(転付債権)の種類と数額を明示してこれを特定しなければならず、差押債権(転付債権)がこの程度に特定されていないときは債権差押ならびに転付命令の効力を生じないものといわなければならない。ところが静岡地方裁判所吉原支部昭和三五年(ル)第二〇号、同(ヲ)第二七号債権差押ならびに転付命令には「差押うべき債権の表示」として、「債務者らが第三債務者らに対して有する預金債権及び積立金債権、その他債務者らが第三債務者らに対して有する一切の債権の内前記請求債権にみつるまでの金額」と記載されてあつて、訴外渡辺嘉明が訴外株式会社駿河銀行および被告に対し補助参加人が右訴外銀行および被告に対し、それぞれ有する一切の債権を一括してそのうち金七四〇万円にみつる限度で差押えかつこれを転付するというに止まり、各債務者および各第三債務者ごとに何程を差押債権とするものか、各人ごとにその数額が示されていないから、債務者らの債権のうち差押えられるべき部分が特定されず、従つてこれについて差押の効力を生ずるに由がない。

尤もこの場合債権差押ならびに転付命令は第三債務者に送達された順序と債権存在の程度に従い、債権差押(転付)の順序と範囲が決せられるとする議論もありえようが、そのように解すると第三債務者は命令がどちらに先に送達されたかを確認しないかぎり差押(転付)命令の効力の及ぶ範囲について判断できず、従つて第三債務者の地位を不安定にするばかりでなく、債権特定、不特定の問題は命令当時の事情によつて決せられるべきもので、命令送達の順序の如き命令後に生じた事情を考慮に入れるべきものではないから、本件債権差押ならびに転付命令について、右のように解して差押債権が特定していると解することはできない。

原告は、本件の場合、債権差押ならびに転付命令送達当時、補助参加人の被告に対する訴状記載の定期預金、当座預金、普通預金の各債権のみ存在し、他の債務者、第三債務者間には債権は存在しなかつたから、事実上債権の不特定を生ずる余地はないと主張する。

しかしながら、債権の特定は債権差押ならびに転付命令の文言自体から債務者および債務者において判断できる程度になされる必要があるところ、補助参加人と被告以外の債務者と第三債務者間に債権が存在するか否かは補助参加人および被告において自明のこととはいえないから、被告主張の如くそれが存在しなかつたとしても、そのことから直ちに本件債権差押並に転付命令の差押うべき債権(転付債権)が特定されているということはできない。

三、以上の次第で本件債権差押命令は差押の効力を生ずるに由がなく、従つて転付命令もその効果を生じないものというべきであるから、転付命令が有効であることを前提として転付債権の取立を求める原告の本訴請求は理由がない。

よつて原告の本訴請求はこれを失当として棄却

(裁判官 渡辺剛男)

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